時計という社命

若いうちはモテタイ、賞賛されたい、カッコイイと言われたい。
確かにそれも十分理解は出来るが、未来はあなたの選ぶ時計により変る。
先楽後楽という時計、先楽後憂という時計、私は躊躇する事なく、
先憂後楽という時計を選ぶ・・・いずれ訪れる老熟期に備え・・・。

「生意気だ」と言われても良い。
事の是非を問い、黒白をはっきりさせようとすれば摩擦も起こる。
そして「まぁまぁまぁ、長いものには巻かれろ、云々」に対し、毅然とすればする程、
孤立する。そして負ける人も多数だが・・・。
私は偽りがなく、公正、公平というフェアな心を大事にしたい。
丸くなるのは、待たずともなれると思う。

「あたりの柔らかい人」「いい人ヨ??さんは」と思われなくとも良い。
人の意見に迎合し、後悔する生き方より、例え失敗しようとも、自分の考えた
生き方を貫く人間でありたい。大同に付かず、少違を考え抜く、謙虚さは忘れず。
「間違いはすぐ正す」という素直な心を常に携え・・・。

「ケチ勝」と言われても良い。
愛情も金も貰おうとするのは、子供時代では自然だが、大人になっても
“貰おう”“貰おう”とする欲張りが、本物のケチと考える。
人に迷惑を掛けない為、未来の為に、自れに厳しく、
蓄財をする自れを律する心の持ち主を、ケチとは言わない。

「学歴のない田舎者ヨ」と言われ思われてもよい。
上京して5年・・・耳鳴りのように頻繁に・・・田舎者・・・。見ざる、言わざるという
工夫をしてみたが、“囁き”という風を変える事は出来ない。
そこで言わ猿を決め込んだ5年間。確かに抗弁する為の語彙の不足、
議論の場での論理を組み立てる才弁は、大学出には劣るかも知れない。
しかし、私の都会的、頭のいい人という捉え方は、出身地、学歴ではなく、
今日の考え方、行動が、10年先20年先どのような結果を生むのか?
・・を見据え、洞察出来る人と考える。
何故なら生き物の中で20年先を予見出来るのは、人間のみ・・・。
そのようなセンスのいいスマートな人間とは、言われたい。

「義理も人情もない冷たい人よ」と言われ、思われても良い。
「義理も尽くせばきりがなし」という言葉に乗ずるわけではないが、
義理とか情という暗黙知を果たすには、大きな時計が必要であり、
私には、より大事な時計がある。感謝の心、報恩の心による責任という時計は、
離すことが出来ない。

「嘘つき」と言われても良い。
自己保身からの言葉ではなく、愛がある故の言葉は必要と思う。
これからも、人を傷つけない為の「嘘」はあるかも知れない。

「心が広い、大きい」と言われたいとは思わない。
若い時から“歩く道徳”を鍍金したような人間にならずとも良い。
しかしいずれ、磊落豪雄のような人物は目指したい。

「心が暖かく強い」と思ってもらわなくとも良い。
若いうちは暖炉もダイヤモンドも買う余裕もない。
雑音を交通整理する時計に追われ、
心という宝石を磨くのに精一杯。
しかしいずれ、深沈厚重と形容される人間を目指したい。

年輪という時計台・・・その時計の名(ブランド)は、正念場、修羅場という、
この壊れそうな時計を、苦悩、知恵のある工夫という修理代を払い、
正しい時計(心)の使い方を覚えた人は、いずれ幸せという名の時計が贈られる。

時間に追われる企業は停滞また衰退を招き、
永続する企業は自らを律する時計を持つ。

個人情報保護法
利用条件