愛とは蝋燭  蝋燭は身を減らして人を照らす

祖国を愛するが故、「母さん、父さん、サヨウナラ・・・」と命を失う事を覚悟に

散っていった若い命。

愛には人類愛、親子愛、家族愛・・・と相手の幸せを思えば・・・

耐えなくてはならない。

嫌がられようとも、叱る時には叱らなければならない・・・辛いだろうが・・・。

「サヨウナラ」という別れも愛。

しかし「許す」のも愛。

無関心を装うのも愛。

与えるのも愛。だが「与えないのも愛」。

そして散っていった若い命を犠牲にした究極の愛。

愛は相手に求めるものではなく、忘れる程の時間を待たねば・・・相手はその愛の

本質を知る事はない。

・・・それは死後かも知れない・・・その心の持ち主を勇気ある人・・・。

≪究極の愛と勇気の実例≫

2006年10月2日
米東部ペンシルベニア州でキリスト教アーミッシュの学校が襲撃された事件。

1人の少女は年下の子供を助ける為に「私を最初に撃って」。

その少女は、マリアン・フィッシャーさん(13)。男子児童が脱出して教室に残された

13歳から6歳までの10人の少女の中の最年長で、「私を撃って他の子達を放して

下さい」と犯人のチャールズ・ロバーツ容疑者(32)に申し出たという。

またマリアンさんの妹、バービーさん(11)も「その次は私を」と続き、撃たれて

重傷を負ったという。

私には出来ません・・・。

あなたは如何ですか?人の為に自分の命を・・・失う・・・。

昨今の世、自分本位の偽りの愛が溢れ、またそれに惑わされ、海に浮かぶ

浮遊物のように彷徨いながら生き方を探し求める人々・・・。

「自己愛」というナルシズムに名を借りて愛を語る人は多いが、「幸せとは何か?」

を考えない人間が人を愛し、慈しむ事が出来るのであろうか・・・。

偽りの愛は簡単だが・・・。

人の為に命を・・・という「真実の愛」・・・近づきたい、少しでも。

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